Declaration 獅堂利緒 / 著
ガネルはやりきれなさを吐き出すように、深くため息を吐いた。視線の先には、歩く爆弾ことアークが、今日も朝早くから能力制御という名の修行に勤しんでいる。
最近ついうっかり自覚してしまったことだが、どうやら自分は彼女に惹かれているらしい。ガネルのため息の原因は、それだった。
(……なんで、よりによってアイツなんか)
顔がいいことは認める。この世界にとって、どれほど特別な存在かも解っている。性格はどうしようもない天然ボケでお人好しだが、好感は持てなくもない。
けれどそれらを台無しにしてしまうような欠点も、決して少なくはなかった。能力制御が不十分なため、ついた渾名が歩く爆弾。または火薬庫。ドジだしのろまだし生意気だし口も減らないし、しかも口を開けば反吐が出るほどのお人好し。
そして。
「……そんなにアークを見詰めて、一体何を考えているのかしら?」
しかも彼女には、親友という名の強力なボディーガードがついているのだ。
「!」
突如背後から声をかけられて驚く。しかし意地でも肩を震わせることはしなかった。
声の主は勿論、ミイノである。
「……………………何のことだ?」
ガネルは素知らぬ振りで、視線をずらす。が、少々遅い。ミイノが近付いていたことに気付けなかったのは失態だった。
「今の間はなによ!?」
「お前が妙なこと言い出したせいだっ!!」
「あっやしーわね! まさか自分がアークにしでかしたこと、もう忘れたんじゃないでしょうね!? そうでなくとも、アークはあんたにはもったいなさすぎるわっ!」
「いつまで引っ張る気だそのネタ!?」
「一生よ!! 決まってるでしょ? 一度犯してしまった罪は消えないわ、賊の一つや二つ片付けたからって償えると思わないでちょうだいっ!」
「……お前なぁ……」
呆れと怒りが込み上げてくる。言われっ放しは気に食わないので、ガネルが何か言い返してやろうと口を開くが、その言葉がミイノにぶつけられることはついぞなかった。
いつかミイノに「失言の砂漠のような」と称されたアーク本人が、いつの間にか傍によってきていたからだ。そして、とんでもないことをのほほんとのたまってくれた。
「ミイノとガネルさんって、仲いいよね〜」
「「はぁっ!?」」
ミイノとガネルは図らずも声をハモらせて首をぐりんっと捻る。
「え? え? そんなに驚くこと?」
爆弾発言をした本人は、どうしてそんな反応をされるか解らない、と言うようにきょとんと小首を傾げた。
「驚くも何も、お願いだからそんな恐ろしいこと言わないでちょうだい!」
「こっちのセリフだ! 大体、何処からそんなわけのわからない発想が飛び出してくるんだお前は!!」
「え、何でって……。だって、そうやって二人で話してることとか多いし、息も合ってるみたいだし……?」
「ないから、絶対にあり得ないから」
ミイノは、ハッキリキッパリとそう言い切る。真実だったので、ガネルは何も言わない。
「そう? お似合いだと思うけどな」
「……いい加減にしないと、本気で怒るわよ?」
「えええっ!? ごっ、ごめんなさい〜っ!」
親友を怒られることを恐れるアークはすぐさま自分の非を認めて謝る。
「…………」
まるでじゃれあっているような少女たちを見るともなしに眺めながら、がネルはこの気持ちになった出来事を、ぼんやりと思い出していた。
ボンッ!!
「きゃあっ!」
相も変わらず爆音を響かせ、アークは余波を食らって尻餅をつく。
けれどその音と爆発の規模が日に日に小さくなっているのは、きっと気のせいではないだろう。
「…………」
火を起こすための巻き集めの途中、たまたま近くを通りかかったガネルは再びため息を吐いて、無言で手を貸してやった。
「あ、有難うございます」
その手に、アークは素直に自分のそれを重ね合わせる。
北国生まれのくせに、火を操るせいか、自分より少しだけ高い体温。
包み込んでしまえるほど華奢な手は、握り締めたら手折ってしまいそうで。
こんな武骨な手をした人間が引っ張り上げてもいいのかと、一瞬本気で心配になった。……一部、いやに冷静な頭の何処かでは、そんなことある筈がないと判っていたけれど。
思い切って引き寄せた彼女の体は、驚くほど軽くて。女は皆こんなに軽いのだろうかと、ぼんやりと思った。
自分の鼓動が、いっそ煩わしいほどに速く強く脈打つのを感じる。顔どころか、体中が熱い。彼女の熱が手から伝わってきたのかと思った。
だって、そうでなければ説明が出来ない。緊張したように体が強張るっているくせに、けれど力が抜けていくような、そんな感覚が気持ち悪かった。
だったらさっさと手を離せばいいと、それからの回避方法が判っているのに、触れあった手は離れない。離せない。それでも、その手を握る勇気はなかった。
握ってしまいたいのか離してしまいたいのか、もう自分でもよく判らなくなった。
「ガネルさん?」
自分を見詰める視線に気付いたのか、アークは不思議そうに声をかけた。
「……なんでもない」
さっきまでの考えを追い払うように、頭を振る。あんなに離したくて、けれど離し難いように思われた手は、あっさりと離れる。
「……飯、そろそろだって言ってたぞ。キリのいいところで引き上げて来い」
「あ、今日のご飯はミイノが当番なんですよね!? うわぁ楽しみだなぁ! ……解りました、すぐ行きます!」
アークはぱっと顔を輝かせて、軽やかに走っていく。ついさっきまでの余韻など、微塵も感じさせない。
「…………」
それがなんとなく悔しくて、ガネルは小さく舌打ちをした。釈然としないを感じながらも、集めた薪を抱えてもう一人の少女のところへ歩き出す。
冷たく無機質な枝を抱えているのに、熱に浮かされたような感覚は、何故かずっと残っていた。
(……自覚なんか、しなけりゃよかった)
そんなことを後悔しても意味がないと、解ってはいるのだ。けれど思わずにはいられない。
気付いてしまったせいで、自覚する前の自分はどんな風に彼女に接していたのか、すっかり忘れてしまった。そのおかげで、不自然に態度が余所余所しくなってしまう。「このにぶちんっ!!」とミイノに散々貶されているアークも、さすがに不審に思っているようだ。ミイノは既に勘付いているようだが、問い詰められたところで肯定する気などこちらにはない。
アークにどう接していいのか判らない。その前に、彼女に自分をどう思ってほしいのかが判らなかった。
ずっと仲間のままでいたいのか、それとも同じような気持ちを向けてほしいのか。
好いてほしいのか嫌われたいのか。傍にいたいのか離れたいのか。
(どう、して)
彼女なのかと、どれだけ他のことを考えても、結局はいつもそれを思う。
そして思考が袋小路に迷い込もうとした時に、声は聞こえた。
「……ガネルさん?」
常より近くで聞こえるそれは、言わずと知れたアークのもの。
そういえば視界が真っ暗だったことに、今更ながらに気付いた。とりとめもないことを考えているうちに、いつの間にかうたたねをしていたらしい。
そういう現状が解った後でも、目を開けようという気にはどうしてかなれなかった。
「ガネルさん? 寝ちゃってるんですか?」
ピクリともしないガネルに、アークは彼が眠っているのだと思ったらしい。さっきよりか幾分声を小さくして話しかけてきた。
囁くような声音が、何故かとても甘く感じる。
「おかしいな……呼ばれたと思ったのに」
独白めいた言葉に、ガネルはつい「呼んでない」と反応しそうになった。
「アーク? どうかした?」
ミイノの声が響く。ガネルはとりあえず、彼女に内心だけで感謝した。
「ううん、なんでもない。やっぱり気のせいだったみたい」
見えていなくとも、アークが声のする方向に振り向いたのが判った。
「何が?」
「うん、誰かに呼ばれた気がして」
「誰かって……まさか喪月神!?」
ミイノの声音にサッと緊張が走る。
「あ、ううん。そんな感じはしなかったよ」
「そう……よね。喪月神どころか、月神の気配もしないもの。もう、びっくりさせないでちょうだい」
アークが慌てて否定すると、ミイノはほっとしたように口調が和らいだ。
「あはは、ごめん〜」
笑いごとじゃないわ、とミイノに説教を食らいながら、アークは離れていく。
(…………)
アークが完全に自分から離れたのを確認して、ガネルは心の中で深いため息を吐いた。
熱はまだ、当分冷めそうにない。自分ばかり彼女から熱をもらっている気がして、悔しくてたまらなかった。
(……見てろよ)
それは、宣戦布告。知ってしまった青年から、まだ何も知らない少女への。
いつか絶対、与えられた熱と同じ分だけの量を、彼女に返してやる。
居心地が悪いような、それでいて安堵感を覚えるような。
そんなくすぐったくも矛盾する気持ちの中で、判らないこともまだたくさんあるけれど。
とりあえずは手ぐらい握れるようになろうと、そう思った。
獅堂利緒 様のコメント
最後まで読んでくださって、本当に有難うございました。お疲れ様でした。(笑)
最初はミイノが出張りすぎてガネル×アークならぬ、ミイノ→アークっぽかったので
すが、途中でいろいろ修正して、どうにかガネル×アークっぽくこじつけました〜。
っていうか最後の方、意味解ってくれる人いますか……?
「うっかり自分の気持ちを自覚しちゃったせいで何気ないアークの挙動に振り回され
てばかりでなんか悔しいからその気にならないならこっちから意識させてやるぜ!」
……とか、そんな感じを察してくだされば嬉しいです。(何)
自分で書くのもいいですけど、早く原作でガネル×アークを読んでみたいです……。